賞与引当金におけるDD&Valuationの論点整理

DD/Valuation

本稿では、引当金の中の一つである賞与引当金について、DDとValuationの際に論点となる事項について考察していきます。

賞与引当金も他の引当金同様、支払時に損金算入されるため、中小規模の会社で税務基準で会計処理を行っている場合、未計上となっていることがあります。

そのため、対象会社のB/Sで賞与引当金が計上されていなくても、本当に計上は必要ないかといった視点でDD及びValuationをしていく必要があります。

DDにおける論点

未計上の賞与引当金がないか(網羅性)

冒頭でも述べたように、中小規模の会社である場合、賞与が支払われているにも関わらず、賞与引当金が計上されていないケースがあります。

そのため、DDにおいて賞与引当金が未計上になっていないか確認する必要があります。

取っ掛かりとしては、P/L側で賞与が計上されているか確認する必要があります。

毎期賞与が支払われており金額も同水準であれば、定期賞与がある可能性が高いため賞与引当金の計上が必要となります。

一方で、賞与支給があるものの、当該賞与が決算賞与であり不定期に支払われるものであれば、一概に賞与引当金の計上が必要とまでは言えません。

決算賞与のような場合は、DD基準日を含む進行期に決算賞与が支払われる可能性について、対象会社にヒアリングし、賞与引当金の計上の可否を判断します。

また、昨今では従業員の給料に一定の賞与を含めた給与体系を採用している会社もあります。

そのような場合は、追加の賞与支給が進行期にないか確認した上で、追加の賞与支給があるのであれば、賞与引当金の計上が必要となります

賞与引当金の金額が正しいか(正確性)

次に、B/Sに計上されている賞与引当金の金額が正しいか確認する必要があります。

ここについては、以下のフローに基づいて自分で引当金額を試算し、B/S計上額と一致しているか確認します。

翌期に支払われる賞与総額の確認

そもそも、引当金は翌期の賞与支払額における当期帰属部分を引当金として計上するものなので、まず計算のベースとなる翌期の賞与総額を把握する必要があります。

既に対象会社の会議体で、翌期の賞与総額が決まっているのであれば、当該金額が当期の引当金の計算のベースとなります。

一方、賞与は支給されるものの、翌期の賞与総額が未だ決まっていない場合もあります。

この場合は、簡易的に前年度の支給額を据え置くといった仮定を置くこともあります。

賞与支給日と賞与算定期間を確認

次に、いつ賞与(支給日)され、当該賞与の算定期間がいつからいつまでなのか(賞与算定期間)を確認する必要があります。

実務において、賞与の算定期間末日と賞与支給日が一致していないことは多々あります(例えば、賞与算定期間は4月~翌年3月で、支給日は6月末等)。

この背景として、算定期間内の人事考課を考慮した上で、賞与が決まることが影響していると考えられます。

つまり、賞与算定期間が終わり、当該算定期間内の各々の人事考課を加味したうえで賞与金額を決定されるため、支給日は遅くなります。

しかし会計上は発生主義の観点から、期末日までに到来する賞与算定期間に帰属する賞与金額を引当金として計上する必要があります。

そのため、DDにおいてもDD基準日までに到来する賞与算定期間に帰属する賞与金額を引当金とする必要があります。

次の例を見てみましょう。

  • 賞与支払時期:6月(夏季)、12月(冬季)
  • 賞与の算定対象期間:10~3月(夏季)、4~9月(冬季)
  • DD基準日:3月

この場合DD基準日の賞与引当金は、翌期の賞与総額(6月支払分)のうち、10~3月の6か月分を引当金計上することとなります。

また、例えばDD基準日が5月だと、上記10~3月までの6か月+冬季賞与の算定期間である4月の1か月分も引当金計上する必要があります。

このように、賞与支給日と賞与算定期間を正確に確認しなければ、引当金額を誤ってしまうため、ここは対象会社内の賞与規程等を入手して、確認しましょう。

賞与引当金額に法定福利費が含まれているか

最後に忘れがちな論点として、賞与引当金に会社負担分の法定福利費を含んでいるかという論点があります。

法定福利費の存在は忘れがちですが、賞与を支給するということは当然法定福利費も対象会社が負担すべきですので、賞与引当金には純粋な賞与分と当該賞与に見合う法定福利費を含める必要があります。

法定福利費としては、以下の項目が一般的に含まれます。

名称内容
健康保険・労働者やその扶養家族に疾病、負傷などが発生したときに適用される保険
・事業主と労働者が折半
・都道府県ごとに料率が異なる
介護保険・加齢により発生する心身の変化により必要になる、介護に対して適用される保険
・満40歳に達した月から64歳まで支払う
・事業主と労働者が折半
厚生年金保険・労働者の老齢(原則65歳以上)、障害、死亡に対して適用される保険
・事業主と労働者が折半
雇用保険・労働者が失業や雇用継続が困難になる事態が発生したときに、求職者給付(失業保険)や再就職手当を支給する保険
・業種が「一般の事業」「農林水産・清酒製造の事業」「建設の事業」かによって、負担割合が変化
労災保険・業務上の事柄などが原因で負傷などをした場合に、公正な保護のために給付を行う保険
・事業者の100%負担
・事業の種別によって料率が異なる
子ども・子育て拠出金・国や地方自治体が実施する子育て支援サービスのために、事業者から徴収するもの
・事業者の100%負担

表中でも記載しましたが、業種や地域によって法定福利費の料率が変わったり、負担者の割合が変わったりしますので、試算する際は留意が必要です。

ただ、上記表に基づいて厳密費法定福利費を計算するのは困難ですので、個人的には過年度の賞与支払に対する法定福利費の比率を計算し、その比率(もしくは複数年計算した上でその平均)使用して試算するのがベターと考えています。

また、一般的な目安として額面の16~17%が法定福利費と言われていますので、分かりやすさを考えてざっくりこの数値を使用することもあります。

各種調整方法

正常収益力調整

正常収益力調整としては、賞与引当金が未計上であった場合は、計上金額全額を費用として、当期のP/Lにヒットさせます。

また会社計上額と試算額に乖離がある場合は乖離額を同様にP/Lヒットさせます。

ここで過年度分も計算して過年度のP/Lにもヒットさせるかという論点がありますが、個人的には必要ないと思っています。

これは、定期賞与の場合、P/Lの賞与勘定に1年分の費用がアドオンされているので不要といった整理になるかと思います。

ただし、対象会社の賞与が定期賞与ではなく、スポットで支払われる決算賞与であったり、定期賞与であったとしても毎期金額が大きく増減している場合には、期間帰属の観点から過年度分も調整が必要になるかと思います。

純資産修正

純資産修正としては、正常収益力調整と同様に未計上であれば全額引当金としてオンバランスさせ、会社計上額と試算額に乖離がある場合は、試算した額に洗い替える必要があります。

また税効果については、引当金は税会不一致項目となるので、税効果を考慮する必要があります。

よって出来上がりの数値は、税効果考慮後の数値が基準日時点のB/Sに反映されることとなります。

Valuationにおける論点

賞与引当金はネットデットか運転資本か

次にValuationにおける論点ですが、これは賞与引当金をネットデットとするか運転資本と考えるかに尽きます。

賞与引当金は対象会社が従業員に負う債務であり、将来のキャッシュアウト項目と考えるならば、ネットデット項目とし事業価値から減額する必要があります。

対して、従業員は事業運営上必要不可欠であり、賞与は従業員を雇う以上必須で発生すべき性質のものであると考え、賞与引当金を事業用負債として運転資本に織り込む考え方もあります。

ここの考え方はValuatorによってさまざまです。

通常、退職給付引当金等の人件費に係る引当金はネットデット項目とする例をよく見かけます。

これには様々な理由がありますが、その中の一つとして、将来の退職給付費用を事業計画に織り込むことは困難であり、将来のFCFに退職給付費用の影響を反映できないため、ネットデット項目として調整しようといった理由付けが行われることがあります。

賞与引当金についても退職給付引当金と同様に考えることもできますが、人員数が大幅に増減しない会社であり、賞与が毎期同程度発生している会社(月給の2か月分を賞与として支払う等)であれば、過年度の賞与引当金の水準をベースに将来の人員計画を考慮した賞与引当金(繰入額)をある程度織り込むことは可能です。

このように考えると、ネットデット項目ではなく、運転資本として整理することも可能です。

ここは案件ごとにチーム内で議論すべき項目かと思います。

留意点

従業員への特別賞与の有無を確認

そこまで頻繁に出てくる論点ではありませんが、従業員へのリテンション効果を狙って、M&Aによって対象会社が従業員に対して特別賞与(特別ボーナス)を支給する場合があります。

この場合、当該特別賞与は不定期の賞与ではありますが、既に支払いが決まっているため、支払額を対象会社の基準日B/Sにオンバランスする必要があります(併せて正常収益力調整も実施)。

ここについては、対象会社マネジメントにヒアリングしなければ情報がつかめない場合もあるので、QAシートやインタビューにて確認が必要になるかと思います。

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